「シリンクスから密度21.5そして・・・」

ヴァレーズの「Density21.5」(密度21.5)


「シリンクス」とならぶ20世紀のクラシックとして平たく説明されるところでは、「初演者ジョルジュ・バレールの持つプラチナの楽器のために書かれた。タイトルの「密度21.5」というのはプラチナの比重。」とかなんとか。


しかしまあ、そのタイトルからして奇抜さを狙う一種の「衒い」のようなものが感じられるのではないだろうか。


シリンクスの冒頭の3つの音を意図的にモチーフとして使ったことは明らかで、このモチーフを起点にして、シリンクスが暗示するロマン主義とは正反対の美意識に舵を切りたかったことが聴こえてくる響きである。


風光明媚な自然の中で繰り広げられる妖精譚の叙情性とは真逆の世界。


直線的で、硬質で、ガラスとコンクリートと重金属で出来た建築みたいな。


オーレル・ニコレはこの曲を「アンチ・シリンクス」と呼んだものである。


ヴァレーズの作品としては例外的な「フルート独奏」という形をとりながらなお、他の作品同様「巨大な力の作用」を想像させるような響きになってるところが、彼の代表作にして20世紀のクラシックと呼ばれる所以であろう。
ほんとはここにベリオの「セクエンツァⅠ」を加えても良かった。ベリオが「シリンクス」や「密度21.5」を意識したかどうかは明らかになっていないけれど、やはり長2度の中の3つの音をモチーフとして使っていることは共通していると言えるからである。
ベリオはこのモチーフに対して20世紀独特の技法である「セリー」(一言でいってしまえば「音の列」の並べ替えによる作曲技法と言える)を比較的自由に使って、洗練され饒舌な、技巧的な作品に仕上げている。
作曲年代を見てもだいたい等間隔(シリンクスー1913、密度21.5−1936、セクエンツァⅠー1958)に並んだ3つの作品の、共通項と作曲技法の進化を並べ立てて、「20世紀フルート独奏音楽のパースペクティヴ」みたいに見立ててしまうのはあまりにも露骨に意図的で、自己満足的になってしまいそうなのでこのメモの中だけに留め、「セクエンツァⅠ」は別の機会に譲ろうと思う。
「シリンクス」(とおそらく「牧神の午後への前奏曲」)はヨーロッパ音楽が20世紀の初めに直面した価値観の転換を反映して、一瞬まばゆい光をはなって爆発した新星のようなものだったと考えたい。


多くの作曲家がそれを指標にしたし(つまりヴァレーズは新天地を求めて逆の方向へ向かったわけ)、今プログラムでの意図としては、それ以降のフルート音楽が「来し方」を振り返った際のスタート地点として据えてみたかったのである。


2015年に制作した、バロックと古典派の独奏曲ばかりのアルバムのなかでは、今回のプログラムとは逆に「バロックと古典派からは例外的な20世紀作品」という位置付けで「シリンクス」を入れたことを告白しておきたいと思います。
(Sonyが運営するオンラインミュージックストア「MORA」で、「The Organic Space」というアルバム名で配信しています。どうぞよろしく!!)