すべての人にとって異常事態続きだった咋2020年、3月から8月まで一つの演奏本番もなかったというのは自分にとってもやはり異常事態であり、雌伏の時でもあったから、続く9月以降の下半期に演奏案件が急に立て込んで、こんな状況でも実現できたということで一つ一つの演奏が普段以上に記憶に残ることになった。

中でも、先月23日に自主企画として企画した「水の寓話」は、冬の到来と共に感染者数がうなぎのぼりに上昇していたさなか、都内での開催であり、内容的にも実のあるものとなったと思うので、いくつか思うところを書き記しておきたい。

・楽器のこと
フルートはヴィンテージ物の楽器も含め選択肢が多いのだけど、自分は楽器のこと話し出すと止まらない、という手合いではない。

「なんだって大丈夫だよ」くらいに思ってたつもりだったけど、自分なりのこだわりで楽器のセッティングを選んでたことを強く思いださせられたのだった。

今回の会場の豊洲シビックセンターホールは、ステージの後ろの壁面がガラスで、さらにイタリアの「Fazioli」ってピアノが入っている。 「Fazioli」は一言で言えば「高級ブランドのピアノ」だけど、音の具体的なイメージは多彩なニュアンスが可能で、かつどちらかといえば「華やか」な方にベクトルが振れているという感じ。

下手をすると硬くて、冷たい音になってしまう。
後ろがガラスとなるとなおさら。

そしてこのFazioliの蓋を全開にして、増田達斗さんのようなピアニストー「伴奏」というよりはアンサンブル志向の強い(と僕は思っているんだけど)プレーヤーが弾くピアノと、メリハリの効いた「対話」をしようと思ったら、フルートの方は相当力のある音が必要になってくる。

現在主流の、「アンブシュアホールの内側にサイドカットががっつり入っている」タイプの頭部管だと息は入りやすい代わりに、ニュアンスが犠牲になってしまう。

「力のある音が必要」とは言っても、二人だけの演奏である以上、音の薄くなる瞬間が無数にあるのであり、息のスピードを遅くした時、あるいは速くした時のフルート特有の音の「かげり」のような響きが聴こえてこないと面白くない。

振動率が高いだけの「金」の管体でもダメだし、木管もうまくいかないと思う。

自分の楽器はムラマツのSR。

そして頭部管は田村隆さん製作のヘルムート・ハンミッヒタイプのもの。 この楽器なら息のスピードに応じて様々に変化する響きを演出してくれる。

頭部管以下の胴体は普通のSRでも管厚が厚い「ヘビー」ってタイプなのがポイント。

管が薄いと、スピードの速い息を受け止めきれない。

余談だけど、作曲家のハインツ・ホリガーはフルートに「cuivre」って指定をすることがある。

「cuivre」(キュイヴレ)というのは、まあ一般的にはホルンに対する指定であり、性格の強い響きが欲しい時に、ベルに深く右手を入れて、圧の高い息で演奏するやり方。

しかしあらゆる楽器を深く理解するホリガーは、フルートでもスピードの速い息を送り込めば「cuivre」(=金属的な響き)になりうると確信したわけだ。

なんという想像力の極北!

そしてそれは正しいと自分も思う。

Fazioliのピアノの華やかにして強い響きの中から、フルートの叫び声みたいなcuivreが聴こえてくる場面を作るためにはこのセッティングが自分にとっては唯一無二って話でした。

以下、次回に続く。