「川島素晴;Manic Psychosis」


川島さんが現在も作り続けている作品を考えるに、最も若い時代の成功作であるこの「Manic Psychosis」(躁病)には、彼の創作の傾向や音楽観が凝縮されているように見える。


演奏行為を分解ー再構築した際に生まれる演劇性、そしてそれを楽譜に落とし込む際の独特の方法論など。


92年の秋吉台現代音楽セミナーで、若い作曲家が力の片鱗を見せた作品として存在感を放ったこの曲は、確か「ベスト・ノーテーション賞」という賞をもらったんだった。「アイデアを楽譜に表現する技術において卓越している」と評価された記譜法の巧みさ、というのもこの曲のもつ幾つかの顔の一つ。


「管楽器のための無窮動」という矛盾した方法論ー「無窮動」とは休みを含まない細かい音型の連続の演奏のことであり、「息つぎ」が不可欠な管楽器にとっては不可能な演奏と言えるーを、演奏の諸要素を解体することで可能にする、というアイデアから出発するこの作品は、スラップタンギングや、タングラムのようなパーカッシブエフェクトから、トランペットアンブシュアのようなかなり特殊なものも含めて、現代奏法に対する広い理解が不可欠だけれど、演奏の要になるのは、そういった現代奏法の合間にピンポイントで顔をみせる、いわゆる「普通のやり方」で演奏する部分である。


「普通のやり方」とは言っても、広い音域に渡る細かい音型をかなり早いテンポで演奏しなければならない。特筆すべきなのは、この高速フレーズが「モード的」あるいは「擬似和声的」とでもいうような、ニュアンスのある響になっていて、それがこの技巧的な作品に「饒舌さ」といってもいいような個性を与えていること。


演奏するにあたっては、この部分の陰影を前面に出すやり方を模索して、これが単に実験的な前衛音楽にとどまるのではなくて、人間的なニュアンスを含んだ、しかしながら病的な、口から泡を飛ばして喋りまくるキャラクターを「演じる」というようなところまで、演奏の次元を高めたいものなのである。


訂正
大きな事実誤認がありましたので、お詫びして以下、訂正します。


「92年の秋吉台現代音楽セミナーで、若い作曲家が力の片鱗を見せた作品として存在感を放ったこの曲は、確か「ベスト・ノーテーション賞」という賞をもらったんだった。」

これは、「94年」の「ダルムシュタット現代音楽祭」のことで、しかもベストノーテーション賞をもらったのは「Prelude」という別の作品でした。
「Manic Psychosis」は同音楽祭で「奨励賞」をもらったのであり、その時木ノ脇もその同じManic Psychosisの演奏で同じ奨励賞をもらったのでした。
勘違いの理由の一つにはベストノーテーション賞が別の曲だったとはいえ、「Manic Psychosis」もまた、新人離れした、分かり易く洗練されたリアリゼーションだった印象だったからですね。

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