先月から情報を小出しにしてきましたが、
DSD音源を数多く配信しているOnebitious RecordsのMora Acoustic第1弾として、
いままで演奏を通じて何か表現する、というときには常に「 新しいものを作る」とか「同世代の作曲家たちのサポートをする」 ということに優先順位があったこともあり、 クラシックのレパートリーを並べてプログラムを組むということは後まわしになりがちだった。
一方で「木ノ脇の演奏するクラシック作品を聴いてみたい」 と言ってくれる人たちは一定の数いて、 自分としてもバックボーンはクラシックなのだから何らかの形にし たい、という気持ちはどこかにひっかり続けていたところ、 今回のプロデューサーで、木ノ脇とは17年の親交ある磯田健一郎氏 が「クラシックの無伴奏作品のみでアルバムを作る」 という話を持ってきてくれた。
映画を通じた一連の共同作業の中で、「 オーソドックスなスタイルの演奏でも木ノ脇は力を発揮する」 というふうに積極的に評価してくれた結果であると思う。
僕自身にやらせておいたら、 クラシック中心のアルバムなんて永久に出来ないだろうから、 これはとても運のいい話だったと思う。
しかもDSD2.8MHzという、 きわめて精度の高いハイレゾの録音ー配信だから文句の言いようが ない(言い訳のしようがない、とも言えるが)。
更に言えば、 磯田氏がこだわり抜いて探してきた八ヶ岳中腹にある教会は、 ベースノイズのほとんどないことや美しい残響など非の打ち所がな い、恵まれた録音会場だった。
ここに収録した8曲は、どれもいずれ劣らぬ美女たち。
クーラウのファンタジーが健康的な笑顔弾ける少女なら、C.P. E.バッハのソナタはアンティークの服を着た3姉妹、 ビーバーのパサカリアは陰のあるファムファタールといったところ か。
彼女たちは時空の夜空を渡って姿を現し、 生き生きと現代の我々に語りかけてくる。
「これが正式な演奏です」とか「正しいやり方はこうです」 といった固まった価値観の上で演奏するのは楽だけど、 それでは権威主義の悪臭ふんぷんで、 演奏の身振りは硬直してしまう。
「これでいいのかな」と迷いながら、 一方で萎縮することなく闊達さを発揮する、 という絶妙のバランス感覚のなかにこそ演奏の妙味がある。
これが僕の、現代音楽も含めた「演奏」 というものに対する見解で、 今回初めてクラシック中心のプログラムを組むにあたっても強く意 識したことである。
そう考えてみれば、 新しい音楽を演奏する時とさほど変わらない姿勢で挑んだ、 バロックから古典派までの無伴奏作品集。
楽しんでいただけたら幸いです。
木ノ脇道元